医療従事者の中でも、循環器領域などに精通している方向けの大変ニッチな内容となっています
心臓手術後の患者さんなんだけど、ペースメーカーの設定と異なる動作をしているように思うんだけど・・・
臨床の場では、このような場面に遭遇することは珍しくありません
ペースメーカーは機械であり、決められた動作でしか作動しません
特に体外式ペースメーカーはオートマチックな動作や、可変式の設定などになったりしません
ところが、一見すると機械の異常なのではないかと思うような作動をしたり、理屈を理解するのが難しい現象なども見受けられます
心臓手術後で体外式ペースメーカーが入っているのだが、設定しているペーシングの心拍数にならない・・・
どうして??
まずはペースメーカーの設定を確認する
- モード:DDD
- ペーシングレート:90ppm
- 出力:心房10mA 心室10mA
- 感度:心房1mV 心室3mV
まずはモードと設定されたペーシングレートはどうなっているのかを確認します
初めは、出力や感度の設定は問題がないという前提でこの二点をしっかりと確認した上で次の段階に進みます
実際のモニター心電図の状況を確認する
- HR(心拍数)は80bpm台
- モニター心電図は体動や呼吸などによる基線の変動が激しく、明瞭なP波が確認できない
- QRS波は、波形の幅が細いものもあれば太いものもあり、またその中間ほどのものもある
- RR間隔の不整はないように見える
ペースメーカーは一分間に90回ペーシングをしている
しかし患者のベッドサイドモニター上では心拍数が85くらいを示している
そしてモニターのQRS波形がペーシング波形(幅広な波形)だったり自己脈(狭小な波形)、またはその中間の波形だったりと様々
最初に考えた結論は、ペーシングが実際に心筋を収縮できずに自己の力で収縮したり、ペーシングによる刺激と自己の刺激が混ざり合って(これを融合といいます)一つのQRSを形成しているため、モニターが心拍をうまく検出できていないということです
QRS波形の大きさや形が毎回違うから、モニターが正しく心拍数を表示できないってこと?
確かに波形の大きさは異なっているけど、心拍を検知できないほどではない気がするけど・・・
心室側の出力や感度に問題がないか確認
体外式ペースメーカーの設定を一時的にVVI100にしてみます
すると全てが幅広のQRS波形となり、心拍も100bpmとなりました
これによって心室側の出力は問題がないことがわかります
そのままペースメーカーの心拍数の設定をゆっくり90に下げてもモニター上は90bpmとなりました
さらに下げて80を切ったあたりで幅が狭いQRS波形となり、自己の心拍が出現したことになります
自己心拍を正しく検出したがゆえにペーシングがストップしたので、センスも問題がないことがわかりました
心房側の出力や感度に問題がないか確認
次に体外式ペースメーカーをAAI100にしてみます
※今回は初見から自己の心室波がでることがわかっていたので、AAIにしておりますが、房室ブロックがある状態でAAIにすると自己心拍が出ない場合があるので注意!
モニターの心電図上は心拍数が80台のままでした
さらにAAIで設定ペーシングを30ppmまで下げても、モニター心拍数は80台くらいとなりました
出力はもともと高い状況でペーシングしていたので、もしこれが出力不足によるペーシングフェイラーだとしたらこの心筋リードは使い物にならないという判断となります
ただ、AAIでペーシングレートが100でも30でも、体外式ペースメーカー上ではペーシングを打ち続けており、自己脈を検知しておりません
モニター心電図上では、基線がノイズ気味のためはっきりとしたP波を確認することができませんでした
心房側の感度は1mVでしたが、さらに下げて0.2あたりでようやくセンスしたりしなかったりでした
心房リードの異常なのか、もしくは心房自体の疾患なのか?
以上のことから、ここまででわかったことは
- 心房リードが完全に機能しておらず、ペーシング不全とセンシング不全となっている
- 心房細動となって心房側のペーシングが機能していない
のいずれかではないかと考えました
心房細動だとしたら、RR間隔は不整になるんじゃない?
確かに通常心房細動は心房の興奮が無秩序になるため、心室に伝わるタイミングも不規則となります
そこで導き出されるのが、心房細動+完全房室ブロックではないかということでした
心房の刺激で心室が収縮しているのではなく、心室は心室側の刺激で収縮しているのではないかということです
ここまで検討したら、あとはもうさっさと十二誘導心電図をとる
モニター上明瞭なP波を確認できない以上、あとは十二誘導心電図をとるのが確実です
※この患者は心臓手術後のため、胸部の正中に陰圧式ドレーンのドレッシングが貼られており、胸部誘導が取れません しかたなくV1に近いところだけ貼りました
面白いことに、Ⅰ誘導で200msほどのP波のような小さい波形が確認されました
心房細動になりたての細動波は基線の揺れではなくP波のような形になることがあります
しかし心房細動なら四肢誘導ではなく胸部誘導、それも心房に近いV1で見られます
ただ、この200ms前後のある程度規則正しいP波は、細動波ではなく粗動波という可能性の方が高くなりました
200msで4:1伝導なら800ms(心拍数だと75bpm)
ちょうどモニター上の80台の心拍数とも近似します
心房粗動で4:1伝導なら心拍数が80台くらいで出現する可能性はあるし、RRが不整でないことの証明にもなります
心房粗動って確かⅡ誘導、Ⅲ誘導、aVFで粗動波が見られるんじゃなかったっけ?Ⅰ誘導って見られることあるの?
ここまでくるとちょっともうわからないということしか言えません
ただこの患者は心臓の左室形成と僧帽弁形成の手術をしており、その際にSVCに太い脱血管を入れています
手術時に脱血管は抜きますが、止血で糸をかけたところが電気的興奮の途絶(これをscarといいます)によって、ATで回ってもおかしくありません
心房細動でもない、かといって典型的な心房粗動とも心房頻拍とも違う興味深い症例の紹介でした
ここでも、やはり十二誘導心電図は役に立つということを証明できた一例です